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- Prologue -
南アフリカへ

植物に興味を持ち始めた頃のベランダ
植物に興味を持ち始めた頃のベランダ
今回南アフリカへ向かうことになったわけだが、何故そんな国に行くことになってしまったのか・・・。それまでを少し振り返ってみたい。そもそも植物に興味を持ったのが大学の時。ある友人と洒落た園芸店に入ってしまったのが直接のきっかけだ。そこには今まで見たこともない(というか興味のなかった)植物があり、たちまちその虜になってしまった。一番最初に買った植物がオヒルギ、間髪入れずにガジュマルを購入。当時は気根が大好きで、その当時実生したベンガルボダイジュも今は立派な観葉植物になっている。そんな経緯で自ずと多肉植物にも興味が沸き、コーデックスとかリトープスが好きで集め始めた。ただ相性が悪かったみたいで上手く作れず。そんな時にハオルシアと出会った。とても植物とは思えない形、何よりもその窓の美しさに夢中になった。凝り性なんで一度始めると熱中してしまうのは昔からだ。あれよあれよと言う間にベランダのフレームには収まらなくなり、手製で小さな小屋を建てる。それもすぐにいっぱいになり昨年にはビニルハウスにエアコンまで完備してしまった程だ。それほどまでにハオルシアには魅力があるようだ。
フィールドの方も2004年のモンゴルで初の海外を経験し、その圧倒的なスケールに驚かされた。その勢いで翌年は国際多肉植物協会主催のマダガスカル多肉植物ツアーに参加させていただくことになった。ただマダガスカルでは旅行の後半にマラリアかと思うほどの高熱や嘔吐に陥り、3日間何も食べられず生命の危機を生まれて初めて経験することにもなった。結果的にはたぶん日射病かなんかだったと思う。もしマラリアだったらあの世逝きだったのかもしれない。なにしろ病院に行くまでに2日ぐらいかかるような場所だったからだ。そのおかげでマダガスカルではハイライトを見逃すという後悔だけが残る形に終わった。この時は本当に悔しくて「絶対にもう一回来てやる!」と決心した。
それから3年、相変わらず多肉植物の栽培を続けている。とりわけハオルシアに関しては興味が尽きず、やはり原産地を見てみたいという思いが強まっていった。そして2008年秋、行ってみたいという思いだけが先行して本当に南アフリカへ行くことになってしまったのだ。
ここまで振り返ってみるとなんとも滑稽というか、完全に転落してるように思えてくる・・・。

in centrair
in centrair: 2008/10/10
そして、10月10日ついに出発の日だ。旅行を決めたのが1ヶ月前なので、出発当日までバタバタだった。午前中に美容院へ行き、頭を丸めてもらった。帰国してから後悔しそうだが、現地ではきっと過ごしやすいだろうと思う。そのまま12:30過ぎに中部国際空港・セントレアへ向かう。トランクは無しでバックパックとカメラバックのみ。バックパックも寂しいくらいにスカスカだ。これはマダガスカルの教訓で絶対に衣類は余る!そして南アでは必要なものは何でも揃うらしいので、基本的には何も持っていかない。パスポートとキャッシュカードさえあれば何とでもなるだろうというぐらいだ。
早々と空港に着くと携帯をレンタルした。やはり携帯があると何かあった時に心強い。ついでにバックパックにネームタグが付いてないのに気づき念のため購入。おまけに小さい目覚まし時計も買っておいた。買い物を済ませ、キャセイパシフィック航空でチェックイン。今回は名古屋から香港経由でJohannesburg、そのまま国内線でPort Elizabethへ行くというかなりのフライト時間だ。しかも香港への途中には台北でのトランジットもあってムダに時間がかかる。ざっと26時間かかる予定だ。寝るにしても熟睡はできないだろうし、本でも読むしかないと本屋へ。2冊買ってからゲート前でしばし出発の時を待つことにした。こういう暇時間は何かと不安になってくるもので、出発の3日前に風邪を引いて点滴こそしてもらったが、体調もいまいちだ。マダガスカルの悲劇だけは繰り返したくない。もうひとつ現地の治安も心配だ。南アには世界一の犯罪都市があり、毎日強盗やら殺人が頻繁に起こっているらしい。特に到着地のJohannesburgでは出発の少し前に邦人が誘拐されるという事件も起こっている。ついでに映画の『ツォツィ』を見たばかりなので余計に不安を煽られる。しかし参考に持ってきた『Succculents of South Africa』を見てると不安よりも期待が大きくなってくる。本当に多肉好きで良かった!あと心の支えになったのがゲート前のテレビに映し出される水戸のご老公様だ。

in-flight meal
in-flight meal: 2008/10/10
そんな感じでついに出発の時間。日本時間17:15、ついに南アへの旅は始まった。搭乗後間もなく機内食が出てくる。どうも貧乏人のせいか写真を撮ってしまう。誰にも気づかれないようにコソっと撮影。機内は寒くブランケットをフル活用するが鼻がズーズーしてくる。やはり風邪が心配だ。そうこうしてるうちに台北へ。日本人はここでけっこう降りて、代わりに白人が大勢乗ってきた。途端にリッチな雰囲気になってしまうのが悔しい。そして香港へと再び飛び立つ。さっそく買ったばかりの爆笑問題の本を読み始める。一人で笑っていたのでさぞかし滑稽だったことだろう。ただ混んでたわりに運良く隣は空席だ。こういうのはけっこう運が良い。すっかり本も読み終わると香港だ。初の中国(空港だけど)。中国現地時間で21:00。日本から5時間程だ。まだまだ先は長い。ついでに香港空港内も長い。とにかく長い・・・というか広い。乗り継ぎのゲートまで動く歩道を歩いても20分かかった。やっとゲートへ着くと銃を持った兵隊みたいなのが偉そうに歩いていた。こういうのは初めてだ。見とれてポケーと座って待っているとなんだか不審に思われたのか、警備の人みたいな男がやってきてパスポートを見せろと。なんか中国で話しかけてくるけど日本人ですからと。なんだか知らないけど妙に疑われてパスポートをマジマジとチェックされ、何処行くかとか聞いてくる。南ア航空のチケットさっき見ただろ。とか思いながらも南アと答える。何しに行くだとかも聞いてくる。お前に関係ないだろ。という感じで最後は「O.K ! Bye bye!」とか言って去って行った。なんかその言い方がこれまたムカついて二度と中国なんか来ないし、1円もお金は落としてやらないぞと思ってしまった。なんだかショボクレたダフ屋みたいなやつだった。
気を取り直して南ア航空へ搭乗。さすがに黒人が増えてくる。いよいよ南アという気がしてきた。機内は今まで乗ったことがないほどに豪華で、ゲームまでできる飛行機は初めてだった。とりあえず食べたり飲んだりしながらインディ・ジョーンズやナルニア2を観てた。日本時間3:00頃、そろそろさすがに眠たくなってきた。そして寒い!隣はまたもや空席で隣のブランケットも拝借して体にグルグルに巻きつけて寝る準儀は完璧だ。日本と南アとの時差は7時間あるから計算して寝ないと現地で初日から疲れることになってしまう。ふと目が覚めると窓の外はプラネタリウム!カシオペアが輝いている。現在地はタンザニアとマダガスカルの間ぐらいだ。その後ウトウトしていると機内が明るくなり朝食。4回目の機内食だ。お腹も空いてないが貧乏人なんで完食。どうやら風邪の心配もなさそうだ。そしていよいよ南アの大地が見えてきた。荒涼たる大地とゴツゴツとした山肌が続く。

in Johannesburg Airport
in Johannesburg Airport: 2008/10/11
2008年10月11日現地時間6:30、ついに南アフリカ着!念願の地へやってきたのだ!ドキドキしながら入国審査を通り、さっそく両替。都合よく円高で南アフリカランドも1R=9円ほど。日本だと何かと騒がれているが、海外旅行者にとっては最高だ。空港内は以外に綺麗でワールドカップを意識してか、いたるところで工事が行われていた。心配だった国内線乗り継ぎの際に一旦外へ出るということもなく、ターミナルが繋がっていて一安心。お店でさっそくポストカードを買って南ア入国記念に日本へ手紙を書いた。お店からそのまま切手を貼って出してくれるから便利だ。ついでに電気プラグも買う。南アのプラグは特殊形状でB3Lというものだ。日本国内だとまず手に入らないので南ア空港で買うことになる。ブラブラしながら国内線へ。ひたすら「Domestic 」を目指す。チェックインを済ませるとまだ時間があったので思い切って少し外へ出てみた。普通に立体駐車場とかがあって、そこまで危険な雰囲気はなかった。空港中をウロウロして時間を潰し、10:20いざPort Elizabethへ。いよいよ多肉の楽園、ハオルシアに出会えるかと思うとフライトの疲れも吹き飛んでしまう。Johannesburgの上空からは巨大な円形のプランテーションが点在し、かの有名なカールトンセンターも見えた。

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